2008年2月11日月曜日

人形師・辻村ジュサブロー

久しぶりに懐かしい名前をニュースで見かけた。人形師・辻村ジュサブロー(本名・辻村寿三郎)。「駆け出し記者ポッポ」時代の14年前に1度、お目にかかっただけだが、僕にとっては忘れられない人。僕が過去に書いたインタビュー記事(数百人にのぼる)の中で、多分、これが「ベスト1」だろうと、ひそかに自負していたのだ。

今週はじめに流れたニュースは次の内容だった。

『人形作家の辻村寿三郎さん(70)が、「ジュサブロー」の商標で着物を販売する呉服製造販売「小田章」(京都市)を相手に、損害賠償や商標権の移転などを求めた訴訟は18日、同社が商標権を放棄することなどで東京地裁(飯村敏明裁判長)で和解が成立した。辻村さん側によると、辻村さんは1978年、「ジュサブロー」ブランドの着物の製造を許可する契約を小田章と結び、同社が商標登録。契約は93年3月で終了したが、同社はその後も販売を継続していた』(日経新聞)


NHKで人形劇「新八犬伝」が放映されたのは昭和48年。
僕は12歳、中学1年だった。

登場人物の犬士が持つ不思議な八つの珠、「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」を、呪文のように、そらで言うのがはやったものだった。

子供向けだっていうのに、怖くて、ドロドロとしたストーリー展開。そしてなにより、登場してくる人形たちの、妖しいまでの美しさ。「人形は愛らしいもの」という通念を打ち破った。子供ばかりか大人たちまでもが「ジュサブローの世界」に引き込まれた。

ジュサブローさんに会ったのは平成2年の夏だった。「新八犬伝」から、17年の歳月が流れていた。

ジュサブローさんは丸刈りで、胸板が厚い、筋骨隆々とした体つき。ところが、しゃべると女言葉で優しい。今でいうなら、おすぎとピーコとか、カバちゃんみたいな話し振りだった。(ただし、結婚して子供も2人いた)。

インタビューを始めると、「人形師なんてつらいねぇ…」と何度も繰り返すので面食らった。

「生まれ変わったら? 僕の意志では(人形師は)やりたくないけど、上のほうからやれと言われているような気がしてしょうがない。ちょっとだらしなくしていると、つくっている人形から『このごろ、だらしないんじゃないの』と言われているようで耐えられなくなるんだよねえ」

そしてまた、「つらいねぇ」とつぶやくのだ。

僕が「そんなにつらいんなら、いっそ…」と言いかけたら、ジュサブローさんは途中でさえぎるように「だってそれしか興味がないんだもの。それに、つらいのと同時にものすごく、たまらないエクスタシーがある。こんなにつらいからやめりゃいいのにさあ、やっぱりえもいわれないさあ、違う次元に飛べるエクスタシーがあるんだよね」と、うっとりとした表情になった。

ジュサブローさんは生後、料亭を営む養父母に引き取られたが、5つで父と、22歳で母と死別する。実の父が誰なのか、いまだに知らない。

「男の子にとってはオヤジが誰なのかわからないのは耐えられない。どんな変なオヤジでもいるといないのとでは全然違う」という述懐が、悲鳴のように聞こえた。

自分の性格については「わがままで、社会的には全然通用しない」と自嘲気味に分析していたが、僕は「他人を傷つけるより、自分が傷つくことを選ぶような繊細な人なのだろう」と書いた。

「幸せな人には何の美も感じない。苦しんでいるとき、悲しんでいるとき、もだえているときに、美が生まれる気がする」と言っていた。なるほど、この独自の美学こそ、人形たちのあの妖しい美しさの秘密だったのかと思った。

最後に、ジュサブローさんに「夢は?」と質問した。答えはこうだった。

「夢? ないね。だって、はかないんだもん。生きてるだけでいいじゃないの」

なぜか、この言葉がずっと忘れられない…。


たしか2、3年前だったろうか、福留功男さんが司会の番組「いつみても波瀾万丈」(ゲストの波乱万丈な人生を再現ビデオとトークで振り返る)にジュサブローさんが出演しているのを、偶然見た。

この番組でも、最後に福留さんがジュサブローさんに「夢は?」と聞いた。

僕は「そうそう、ここだよ。ここがジュサブローさんらしいんだよ」と思って、答えを待っていると、ジュサブローさんは「新作人形展を成功させるのがひとつでしょう。それから…」とたしか3つくらい(ありきたりの)夢をあげていた。

僕は「えっ? 夢はないんじゃなかったの。おい、ジュサブロー、それはないだろう」とひとり、ブラウン管に向かって、ツッこんでいた。

だが、今はちょっと違う感想を持っている。僕とのインタビューでは「つらい…」を連発していたが、きっとささやかな幸せと平穏を見つけたんじゃないだろうか。

「よかったですね、ジュサブローさん。長生きしてみるもんですね」。もしも再会する機会があれば、こう話しかけてみたい。

(2004/10/21)

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