2008年2月10日日曜日

ドンとの旅(後編)

世界ソフトボール大会を後にすると、ドン(笹川良一・日本船舶振興会会長)一行はワシントンへ向かった。超大物政治家との会談が待っていたのだ。全員、借り物のタキシードに着替えた。

超大物政治家とは、ニクソン元大統領だった。

「ウォーターゲート事件」で失脚したのでその後、米国内で人気はなかったのかもしれないが、子供のころ、テレビの国際ニュースで見ていた人と会えるんだと思うと興奮した。あと、近所の魚屋のおっちゃんが「肉は損、魚は得」と、つまんない冗談を飛ばしていたのも思い出した。

僕たちは慣れない英語で「Nice to meet you」とあいさつし、順番に元大統領と握手した。たしか、ドンが通訳を交えて数分間、雑談したように思うが、どういう話をしていたのか、今となってはまるで覚えていない。ただ、「元大統領の手がでっかくて、力が強いなあ」という印象だけが残った。

翌日、「ニクソンライブラリー」という記念館がオープンする。この日の夜には、オープニングセレモニーが予定されていた。ドンはこの記念館に多額の寄付をしていたため、招待されたのだ。ドンは、セレモニーのさい、世界中からの招待客を前にスピーチした。

「私は91歳になるが、いまでもこんなに元気だぞ」と自己紹介したあと、演壇の端から端まで、片足でケンケンしてみせる「ケンケンパフォーマンス」を披露、会場からやんやの喝采を浴び、ご機嫌だった。このケンケンパフォーマンスはドンのお得意で、この旅行でも、何回も見せてもらった。

旅行中、数回、ドンと一緒に食卓を囲んだ。ドンは、服を汚さないようにと、よだれかけをつけられ、スープがくると隣に座った秘書室長が「会長、まだお熱いですから」といい、フーフー、冷ましてあげていた。「まるで赤ちゃんみたいだな」と思った。

一行はこのあと、ロスへ。

途中から有名な政治評論家の細川隆一郎さんが合流していた。細川さんのことをテレビなどで時々、見かけたが、時の権力者にこびることなく、ズバッとモノを言うコワモテの人、という印象を持っていた。

ビバリーヒルズの豪邸で歓迎パーティーが催された。ドンは、お得意のケンケンパフォーマンスを披露したあと、この夜は疲れが出たのか、さっさと寝室に向かわれた。ドンがいなくなってから、ドンチャン騒ぎが始まった。きれいどころのおねーちゃんたちもいる。

ふっと、横をみると、細川さんがおねーちゃんたちに抱き着いて、次々、ブッチュー。これ以上はない、というほどのニヤケタ顔をしていた。「えっ、これがあのコワモテ評論家なの?」と呆れた。

細川さんの奥さんも合流する予定だったが、この日はまだ細川さん一人だった。

翌日だったか、翌々日だったか、奥さんが一行に合流した。小柄、細身で、上流階級の嫌味なタイプを連想させる。「~ざあます」言葉を使いそうな人だった。奥さんの前では、細川さんはまるで借りてきた猫みたいだった。あのパーティーの夜の姿とは正反対、「あれ取って」「これをして」と奥さんに命じられるままに、かいがいしく下働きしていた。

このときは「情けねえ」と思っちゃったけど、男なんてこんなもんかもしれないね。
(2004/8/19)

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