2008年2月11日月曜日

同級生ナオコ

テレビのコメンテーターとして出演したり、新聞、雑誌のインタビューに登場したりしている君のこと、しょっちょう見かけていたけど、全然、気がつかなかった。君が同級生の「ナオコ」さんだってことを。

昨夜、高校時代の同級生の「マンゾウ」(サントリー)、「ポヤ」(日本生命)の3人で一杯やった。

「マンゾウ」が東京転勤になったので、久しぶりに会おうということになった。3人で会うのは6年ぶりだった。

「ヒゲをはやしたのか。怪しげな社長風になったな」

マンゾウは会うなり、失礼なヤツだ。高校時代、ポヤは卓球部、僕は放送局。マンゾウは両方をかけもちしていたが、「ほら吹きマンゾウ」と言われていた。なにしろしゃべること、ウソばっかり。僕もだまされてばかりいたが、なぜか憎めないキャラだった。

1年生のとき、放送局の2年先輩に恋をした。彼女は、男子生徒あこがれのマドンナだった。マンゾウがけしかけた。「今付き合っている人はいないらしい。お前のこと、結構気に入っているぞ。ここは攻撃あるのみ」その言葉を真に受け、学園祭の日、攻撃した。ところが、マドンナの返事は「ごめんなさい。今付き合っている人がいるの。君のことは可愛い後輩よ」。ガーン!ウソばっかりじゃねえか、マンゾウの野郎!!

そんな昔話に花を咲かせていると、「俺たちの同期で一番有名になったのは****だよなあ」とマンゾウが言い出した。

「えっ、同級生だって? 知らなかったなあ。よくテレビにも出てるじゃないか。メガネが特徴的だよな」「シゲが一番知っているはずだぞ。彼女、本名はナカツカ・ナオコだよ」
「ナカツカ・ナオコ?」
「増田塾で一緒だったんだろ」
「増田塾…かあ。そういえば、そんなコがいたかなあ」

僕は中学校3年間(あるいは高校時代もだったか? 記憶が不確かだが)、増田塾という学習塾に通っていた。ここには市内の秀才が集まっていた(各学年30人~50人前後)が、スパルタ指導で有名だった。問題の解答をミスしたり、授業態度が悪かったりすると、正座をさせられ、竹刀で太ももをバシッと数回、叩かれるのだ。痛いの、なんのって! 家に帰ってズボンを脱ぐと、太ももが一筋、ふた筋、ミミズ腫れになっていたものだった。僕は最初のころ、目立たない生徒だったので、後ろのほうに隠れるようにして座っていた…。

ここまで思い出しているうちに、「ナオコ」のことも、遠い記憶からぼんやり甦ってきた。彼女は、成績もずば抜けてよかった。塾長のお気に入りでもあったので、いつも一番前の席にいた。手足がひょろっと長い印象が残っているが、彼女が教室に入ってくると、ちょっと華やぐような感じもあった。

でも、かなり変わったやつだった。たしか、いつも野球帽を横にかぶっていたような気がする。

僕とは、中学が違ったので、出会ったのはこの塾の場だけだった。

僕はその後、増田塾の塾頭のような存在になった。先生たち(大学生のアルバイトが多かった)に可愛がられ、先生の都合が悪いときは「シゲ、代わりにお前が授業をしてくれ」と頼まれた。「よーし、みんな、解答ミスすると、ビシバシ、ひっぱたくからな!」そして、容赦なく竹刀でひっぱたいた。(今振り返ると、悪いことしたよな。みんな、ゴメン!)

「ナオコ」は中学を卒業すると、学芸大付属高校へ進学し、東京へ行ってしまった。今日まで、僕の脳裏からは彼女の記憶が消えてしまっていた。

30年前のうすぼんやりとしか思い出せない増田塾のころの彼女と僕のこと。そして、まったく知らない彼女のその後の人生。

会って聞いてみたい。多分、彼女も僕のことを覚えちゃいないだろうが、それでもいい。話をしてみたい。だって僕たち同級生だろ。

「ナカツカ・ナオコ」さん。いや、今はこういう名前ですね。


精神科医「香山リカ」。

(2004/10/2)

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