2008年2月10日日曜日

日歯のドン

可哀想だなあと思う。あの年(73歳)で拘置所暮らしは辛いだろうし。自民党へのヤミ献金事件で逮捕、起訴されている日本歯科医師会前会長の臼田貞夫さん。新聞、テレビのニュースでは「容疑者」「被告」と呼ばれ、悪党に成り下がってしまった。だが7年前、初めて会ったとき、臼田さんは「正義の人」だった…。

1997年3月。たしか朝日新聞だったと記憶しているが、朝刊を開くと、日本歯科医師会の会長選挙で、実弾(買収のための現金)が飛び交っているという疑惑が表ざたになった。

疑惑の主は、中原爽会長(当時)。

報道によると、同陣営は会長再選(3期目)を目指し、投票権を持っている代議員に商品券を渡し、接待漬けにしていた。つまり、金で1票を買うという、汚い買収工作を展開していたのだ。これに対し、対立候補らが「金権選挙だ!」と非難していた。

僕は、この記事をきっかけに早速、後追い取材を始めた。反中原の中心人物が臼田さんだった。

この日の夜、臼田さんを都内のホテルで捕まえた。
臼田さんは「中原会長がいかに金まみれになっているか。そして、金で票を売り飛ばす歯科医師の仲間が情けない」と憤懣やるかたない表情で話していた。

日歯は、自民党の有力支持母体でもあり、中原会長は参議院議員にも当選していた。参院といえば、良識の府である。金にあかせて、会長のイス、議員のイスにしがみつこうとしている中原さんを、僕も許せないと思った。

数回、告発記事を書いた。会長選当日まで中原さんは議員会館にも立ち寄らず、自宅にも帰らず、雲隠れしたままだった。だが、選挙では勝った。僕たち報道陣にもみくちゃにされながらも、中原さんはついに一言もしゃべらなかった。(ケッ! 後ろめたいヤツめ)、逃げていく中原さんの後姿に毒づいたが、僕(ペン)の負けだった。

その後も、臼田さんには時々呼び出された。臼田さんは、杉並区善福寺で小さな歯科医院を経営していた。そこの2階の自室で会うことが多かった。臼田さんはいつも「歯科医師会の金権体質をなんとかしたい」と訴えていた。彼の情報をもとに、日歯幹部の金銭スキャンダルを告発する記事を書いたこともあった。

また、日歯の政治献金団体、日歯連(会員から多額のお金を吸い上げている)は事実上、伏魔殿になっているともよく聞かされた。自民党へ多額の献金がわたっているが、献金にはキックバックがあるなどその行方には不透明な部分が多いとも繰り返していた。

「こうした闇の部分を改革したい」

臼田さんがそう話していたのを、今も覚えている。僕は当時、自民党へのヤミ献金問題を追及しようと少し動いてみた。だが、金の動きは「中原会長しか知らない」とされ、彼は当然のことながら取材に応じない。結局、真相にたどりつけないまま、取材を終えてしまった。僕にもっと力と、なにがなんでも暴いてやるという使命感があれば…。だれかが日歯連の闇を告発していれば、臼田さんが犯罪者に転落することはなかったかもしれない、と僕は少し後ろめたい気持ちだ。

臼田さんは日大OBで、一度、日大相撲部の名物監督、田中英寿さんと一緒に、新宿のクラブで遊ばせてもらったことがあった。

この夜、まずは田中さんの奥さんが経営する高円寺のちゃんこ料理屋へ。田中さんは糖尿気味で、奥さんに「酒」を止められていたが、この日、お目付け役の奥さんが所用で出かけていて不在だった。

「奥さんから飲ませないでと釘を刺されています」と店員たちが言っても、田中さんはおかまいなし。上機嫌になって、次に新宿のクラブに移動した。ほぼ全員のホステスを呼んでどんちゃん騒ぎした。が、1時間ほどで僕らはおみやげを渡され、お開きになった。田中さんひとりは、数人のホスちゃんを連れて、さらに夜の街へ繰り出すようだった。

こんな豪放磊落(らいらく)なタイプの田中監督と比べると、臼田さんはおとなしく、あんまり目立たないタイプ。どっちかというと小物に見えた。僕らマスコミは臼田さんを「日歯のドン」などと報じたが、素顔は「気のいいおっちゃん」だったと今も思っている。

4年前の2000年の歯科医師会の会長選挙に臼田さんが立候補したさいは、ずいぶん応援した。

当選した翌日には、裏選対のあったホテルグランドパレスに招かれ、「ありがとう、君とはずっと友達だ」と握手された。

ところが、しばらくしてから医師会の会長室にふらっと遊びに行こうと思って電話をしたら、秘書が「そんな知り合いはいないと言ってますが?」と門前払いされた。

「えっ、なんだ、そんな人だったのか」と呆れて、以来、1度も会うことなく、過ぎていた。マヌケな僕は、臼田さんに都合のいいようにうまく利用されただけだったのかもしれない。でも、あれだけ「金権体質をきれいにしたい」と繰り返していたのは、なんだったんだろうと思う。あれだけ非難していたはずなのに、中原さんと同じ汚いことをしていたのだ。

金と権力。ともにあるにこしたことはないだろう。だが、それに合わせて自分の器を成長させていかないと、このふたつの妖しい魔力に我を失ってしまうのではないか。臼田さんの場合も、自分の器を越えた金と権力に溺れた男の悲劇なのかもしれない。

(2004/9/2)

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