2008年2月11日月曜日

もう一度、記者志願

11日夜、特別企画ドラマ「9・11」(フジテレビ)を見た。あのNYテロから3年、いかにも「泣かせ」の企画だろうと予想できたので見るつもりはなかったが、主演の和久井映見にひかれて最後まで見た。何度、涙が頬を伝わったことだろう。そして、僕の心に突き刺さったものが…。

2001年9月11日、あの日朝、富士銀行ニューヨーク支店に勤める杉山陽一さんは、いつものように世界貿易センターにあるオフィスに向かった。
妻、晴美さんと「ちゃんと子供を寝かせろよ」「いつも、ちゃんとしてるわよ」などという他愛のない会話を交わして。

夫妻には幼い息子2人がいたほか、晴美さんは妊娠中だった。幸せな5人家族の生活が、一瞬の「テロ」で暗黒に突き落とされる。なぜ? だれに、この5人のささやかな幸せを奪う権利があったというのか。許さない、絶対に、許さない。ブッシュの「テロとの対決」の演説よりも、晴美さんの無言の深い悲しみが僕たちの胸に訴えてきた。

ドラマは杉山さん一家の実話だ。晴美さんが書いた「天に昇った命、地に舞い降りた命」が原作になっている。それを、大石静さんがシナリオにした。下手な脚本家だと、視聴者を「これでもか、これでもかと泣かせよう」とするのだが、名手・大石さんは、たんたんと事実を描いていく。その静けさが、より深い悲しみを伝えてきた。

父の死が信じられない3歳の長男と深夜、家の前のベンチに座り、「ブーちゃん(陽一さんのこと)はお星さまになったんだよ」と語りかけるシーン、テロ後、数ヶ月してニューヨークを離れる日、長男が画用紙に「ブーちゃん、また来るからね」と書くシーンに、胸が締め付けられた。

晴美さんは「あの尻切れトンボに終わった会話の続きは、いつできるんでしょう。生まれ変わっても、また夫婦になろうね」と天国の陽一さんに語りかける。どうして、こんなに愛し合っていた夫婦が離れ離れにならなくちゃいけないのか。また、涙が止まらなくなった。

テロの日、僕は宿直当番だった。深夜、通信社から流れてくる膨大な量の記事をさばいていた。安否不明者の中に、富士銀行の杉山さんの名前も見ていたはずだった。だが、僕の心は他人事だった。

晴美さんやその他大勢の遺された家族たちが、憔悴しきった中、不安、絶望、一縷の希望と激しく心を点滅させていたというのに…。当時の僕は、がんが再発し、死のふちにいた母の看病で2ヶ月休職し、少し前に復職したところだった。新聞記者だというのに、だれとも会いたくない、だれともしゃべりたくない、と心を閉ざしていた。その後、母の容態が小康状態で落ち着くと、僕も元気と笑顔を取り戻すことができた。


テロ後、晴美さんは男の子を出産した。3人の小さな子供を抱え、生活は苦労の連続だったはずだが、精一杯、ひたむきに生きていく。ドラマで、そうした晴美さんの生きざまを知り、「どんなに辛くとも逃げずに立ち向かう。こんなに素晴らしい人がいるんだ」と感動した。

ここ1、2年、飲み会でみずほ銀行の人と一緒になったことが何度もあった。「システム統合の大失敗」をあげつらったり、「巨艦だけに対応が鈍い」「不良債権処理が遅すぎる」などと非難してみせたりしたが、テロで犠牲になった杉山さんのこと、遺族の消息を話題にしたことは1度もなかった。ああ、なんてことだろう。「お前、それで新聞記者と言えるのか」という声が聞こえてくる気がする。

ドラマを見終わった後も、涙が止まらず、明け方まで眠れなくなった。このブログを書き始めたとき、100回書き終えたら、新聞記者を辞めようと内心で決意していた。記者生活も20年になり、第一線の取材は若手に奪われ、めったに現場に出ることもない。楽しい時期は過ぎた。20年間に、いろんな人に会い、いろんなことを教えてもらった。記者として大成しなかった僕だけど、その間の思い出を書くことが「可愛がってくれた人」や「ジャーナリストのイロハを教えてくれた先輩たち」への恩返しだと考えたのだ。

本格的に投資家の道を歩むつもりだった。でも、このドラマを見終わって、心が揺れだした。晴美さんのような素晴らしい人が、世の中にはきっといる。そんな人たちのことを伝えなくちゃいけないんじゃないだろうか。そう思えてきた。いや、もっと激しく、「伝えたいんだ」と心が高ぶってきた。

僕は、いろんな人たちに出会い、取材の仕方、記事の書き方を教わり、記者としてプロのレベルにまで成長させてもらえた。せっかく身につけた「ペンの力」を捨てるのか?それでいいのか? ともうひとりの僕がささやいてきた。

師匠…。僕はどうしたらいいんでしょうか。
師匠…。ペンを捨てようとしたできの悪い弟子ですが、あの日のあなたの後ろ姿を、今から追いかけてもいいでしょうか。
師匠…。決意しました。
もう一度、「記者志願」。

(2004/9/13)

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