2008年2月11日月曜日

人気占い師「大清水高山」

昨夜(29日)は忙しかった。台風でびしょ濡れになりながら、まずは荻窪「寄港地」へ。「あずみ」「がんばれ元気」のマンガ家、小山ゆうさん主催の飲み会が開かれた。小山さんと親しい太田章さん(ロス五輪銀メダリスト、早大教授)が中心になって、アテネ五輪に参加したレスリング選手、コーチを呼んだほか、俳優、女優、歌手らさまざまなメンバーが集まり、にぎやかな会になった。通称「何を言う、小山ゆう会」。僕はここで久しぶりにスポーツライターの長田渚左さんと出会った。長田さんは「スポーツで育てる」(ベースボール・マガジン社)という著書を出したばかりだった。本には、アテネ五輪で注目を集めた浜口平吾・京子親子をはじめ3組の父と娘の人生劇場が綴られている。僕も娘の問題(怠学、援交?など)で悩んでいたので、長田さんに教育相談を持ちかけ、グチを聞いてもらった。長田さん、ありがとうございます。その後、僕はこの会を途中で抜け出し、高円寺のスナックに向かった。大勢でワイワイやるのも楽しいけど、一人、静かにグラスを傾けるのも、たまにはいいね。店で僕の到着を待っていてくれたのが、人気占い師「大清水高山」さんだった…。


高円寺の占いスナック「パワーハウス」に着いたのは10時過ぎだったろうか。

店にはマスターの大清水さんしかいなかった。

「たったいま女性客2人が帰ってしまって…」

残念そうにそう言っていたが、台風で客足が鈍いのもしょうがないところ。僕にとっては、大清水さんとゆっくり話が出来てよかった。

大清水さんと初めて会ったのは9年前、大前研一さんが出馬(落選)した東京都知事選の後だった。僕は大前さんに密着取材していた。大前さんは子供みたいに無邪気な人で、うれしいこと(たとえば、団地を回ったとき、主婦が握手を求めに来てくれた)があると、選挙事務所の床に寝っ転がり、手足をバタバタさせて(まるで断末魔のゴキブリみたいと思っていたが)、喜ぶのだ。

大清水さんは、大前さんの私設ボディーガードを務めていた。当時、オウムがポアの対象に大前さんの名前を上げていて、実際、オウムの連中が選挙事務所に押しかけてきたこともあった。

選挙後、大前さんの選挙参謀だった知人が、大清水さんを紹介してくれた。

大清水さんは、身長は低いが、横幅が身長ぐらいあって、重戦車みたいな体型。高校時代はレスリングで国体に出場、卒業後は警視庁に入り、機動隊に配属された。

鑑識に興味があったそうで、指紋、手相、顔相などを独学で勉強、警察を辞めてからはボディーガードのほか、「占い」で生計を立てていた。

「おもしろい人だなあ」と思ったので、その後数年間、「人間鑑識」という連載を執筆してもらった。

時々、警視庁の実態をコミカルな筆致でバラしたりしたので呼び出しをくらったりしたが、内部にはファンも多かった。

「パワーハウス」を始めたのはたしか2、3年前だったろうか。けっこう、口コミで「占いがよく当たる」と評判を呼び、女優の島田陽子さんが改名を大清水さんに相談したり、ある著名な女性起業家が年下の恋人との仲を占ったもらったりした。

「起業家の恋人はあるテレビ局のプロデューサーでしたが、お金目当てだったので、別れなさいとアドバイスしました。速攻で別れたと報告がありました」

とっても面倒見のいい人でもある。

「企業の冷たい仕打ちに泣いている親子がいるんだけど、話だけでも聞いてほしい」「日本を代表する損保が、こんなミスをしている」「ストーカーに悩んでいる銀座のホステスがいるので、一緒に守ってくれないか」…などなど、僕のところに話を持ってきたこともたびたびあった。

歌手の中村あゆみさんが、先日復帰したが、あゆみさんを陰で支えたのも大清水さんだった。そして、大清水さんとの関係で僕もあゆみさんの相談に乗ってきた。

実はこの日の昼間、大清水さんの店のお客でモデル志望の美女を連れて僕のところにやってきた。「まず、シゲに面接してもらおうと思って」(大清水さん)。履歴書、写真を持参してやってきた彼女と、喫茶店でしばらく話をしてみる。なんだか、スカウトマンにでもなった気分だった。夜、店に向かったのは、この彼女のこともあった。もう少し、知りたいことがあったのだ。そのほか、僕自身の人生相談もあった。「もっと思いやりの気持ちをもちなさい…」など、いろいろいいことを聞かせてもらった。さて、占いの結果は? 
みなさんにはナイショだけど、大清水さん、ありがとうございます。

(2004/9/30)

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