2008年2月11日月曜日

池坊美佳さん

華道家元、池坊家の2女、池坊美佳さんが京都を舞台とした映画で女優デビューした。

デビュー作は「TURN OVER 天使は自転車に乗って」(http://turnover.main.jp/introduction_link.html)。05年1月22日から京都シネマで上映されるようだ。

公式サイトによると、「ジャンルは切なく風変わりな恋愛映画です。時間を超え、次元を超え、世代を超えた ほんもののメロドラマが復活します」。主演の藤村志保(ふじむら・しほ)、栗塚旭(くりづか・あさひ)のほか、仮面ライダーアギト」で人気を集めた賀集利樹(かしゅう・としき)も出演する。美佳さんも、このサイトの「映画を彩る役者達」のコーナーに、写真入りで大きく紹介されている。
僕が美佳さんに「女優デビューですね。映画、楽しみです」とメールをしたら、本人からは「そんな大げさなものではなく、一瞬ですよ、一瞬」「でも予期せぬ機会で楽しかったですよ」と返事がきた。

美佳さんにはじめて会ったのは、1996年(平成8年)11月だった。1か月前の総選挙で母親の池坊保子さんが新進党(近畿比例ブロック)から出馬、当選した。
僕は、池坊議員に取材を申し込み、衆院議員会館の部屋に向かった。笑顔で待ち受けていた議員は、色鮮やかな青のツーピースに真っ赤なマニキュア、その後ろで、白とピンクの胡蝶蘭が咲き誇る。
僕は「国会の妖花」と書いた。

議員はこの記事をとても気に入ったようで、以後、僕は事務所にしょっちょう立ち寄るようになったし、政界再編の渦(のちに新進党は分解する)の中で悩みが絶えなかった議員から何度か相談を受けたこともあった。
美佳さんのことも、インタビュー記事の中でこんなふうにふれていた。
「秘書を務める二女の美佳さんも母親譲りの美貌。『議員会館の部屋には用もないのに新聞記者たちが訪れる』と今後評判になると予想される」

予想は100%的中した。新聞記者、カメラマン、ほかの事務所の男性秘書連中がいつもたむろしていた。
まもなくしてから僕は、美佳さんに「永田町の不思議」(毎週)というタイトルの連載エッセーを依頼した。
永田町ってところは典型的なムラ社会なのだ。ムラ独自の専門用語や、習慣や、掟があった。そんなもの、普通の社会に生きている人間には、縁遠いし、「えっ、こんな馬鹿げたことが通用しているの?」ってこともずいぶん残っていた。

僕も政治記者としてひよっこだったから、そんなムラの中で右往左往していたし、京都のお嬢様育ちだった美佳さんも面食らってばかりいた。

美佳さんはお嬢様育ちにしては、素直な人柄で腰も低い。好奇心も旺盛で、物怖じしない。「ごく普通の人の感覚で、永田町やその住人たち(議員や秘書ら)をスケッチしてみてほしい」と頼もうと考えた。
まずは、お母さんの保子議員に打診すると、「連載? いいんじゃない。美佳さん、あなた、やってみなさい」と口ぞえしてくれた。ただ、続けて「シゲさんも、いつも美佳、美佳って。たまにはわたしのところにも訪ねてちょうだいね」と言われてしまった。

美佳さんは、当初「文章が下手だから」と渋っていたので、連載1回目(小泉純一郎のことを話題にした)は僕が聞き書きした。今でも、その内容を覚えている。こんな話だった。

ある日、議員会館ですれ違ったとき、小泉さんは美佳さんに向かって、こう話しかけたという。
「美佳ちゃん、最近、やせたんじゃないの。これ以上、やせちゃダメだよ」
美佳さんは「小泉先生って、わたしのようないち秘書にまで気を遣ってくださるのねえ」と感激した。
その後、しばらくして作家の林真理子さんの夕食会に小泉さんがゲストでやってきた。真理子さんは美佳さんをとってもかわいがっていて、美佳さんもこの夜、一緒だった。
小泉さんは、真理子さんに会うなり、こう言った。
「真理子さん、少しやせたんじゃないですか。これ以上、やせちゃダメだよ」
このセリフを聞いた美佳さん、「なんだ、だれにでも同じように言っているのね」と興ざめしたという。

2話目以降は、美佳さん本人が執筆するようになった。僕も何度かアドバイスしたり、書き直したりしたが、文章はみるみるうちに上手になっていった。

「締め切り前は何を書こうか悩んでピリピリしてました」と本人は言っていたが、連載は好評で数年続いた。議員たちのお気楽「外遊」をなで斬りした回のときは、週刊文春に記事で取り上げられたこともあった。

その後、美佳さんはこの連載の経験を生かし、「永田町にも花を生けよう」(講談社)というエッセーを上梓した。
僕はうなった。彼女は、十分に才能あるエッセイストに成長していた。「文章が下手だから」としり込みしていた彼女がウソのような見事な筆力。おもしろくて、おもしろくて、僕は一気に読んでしまった。

数年前、美佳さんはNHKの政治部記者と結婚したのを機に秘書をやめた。最近は、池坊の仕事で京都にいることが多いようで、なかなか会うチャンスがない。
でも、きっとまた一緒に仕事ができると思っている。

ある年の夏休み、僕は家族と北海道小樽市に帰省し、子供たちをつれて「東洋一」(とPRしている)水族館に遊びにきていた。ちょうど、ペンギンたちの可愛らしいショーを見終わった直後だった。
「あら、シゲさんじゃありませんこと?」
聞き覚えのある声が、耳に飛び込んできた。
「だれだろう?」とあたりを振り返ると、池坊議員と、長女の由紀さんと赤ちゃん、そして美佳さんの4人がいた。
「ええーっ、なんでここに?」
僕はビックリしてしまった。
しばらく池坊家のみなさんと立ち話をしたところ、翌日、札幌市で開かれる新進党の候補者激励会で議員が応援演説する予定になっていた。1日、暇ができたので小樽まで足を伸ばして遊びに来たのだという。
それにしても、だ。なんというめぐり合わせだろうか。
水族館はかなり広い。夏休みで人出も多い。あのとき、ペンギンショーの場所にいなければ出逢うこともなかっただろう。

不思議な縁を感じた。
だから、きっと、また…。
僕は美佳さんと再会する日を心待ちにしている。


(2004/12/19)

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